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札幌地方裁判所 昭和30年(行)12号 判決

原告 株式会社三田商店

被告 北海道知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十三年十一月十五日発行北海道ぬ第四六、三六七の二号令書をもつて、別紙目録第二記載の土地についてした買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一  別紙目録第一記載の土地(以下本件第一の土地という。)は、盛岡市で三田商店を経営し火薬爆薬類の販売を業としていた訴外三田義正が、明治四十五年頃同店函館支店の火薬庫用地として買い取り、同地上に千七十四坪の一級火薬庫を設置使用してきたものであるが、昭和四年頃三田商店は株式会社三田商店にその組織を改めたので、本件第一の土地は同会社においてこれを承継した。原告は、右の土地が畑地であるところから、便宜これを他に使用させていたところ、函館市農地委員会は、昭和二十二年八月十六日右の土地を法人の所有する小作地として、自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条により買収計画を樹立し、被告は右の計画に基いて昭和二十三年十一月十五日北海道ぬ第四六、三六七の二号買収令書を作成し、同二十四年一月二十九日これを原告に交付して本件第一の土地を買収した。なお、被告は、その後本件第一の土地のうちには火薬庫の敷地があることを発見したので、昭和三十二年四月三十日その部分(別紙目録第二添付の図面中赤色をもつて表示した部分)を取り消した。したがつて、本件買収処分の範囲は、別紙目録第二記載の土地(以下本件土地という)のみとなつた。

二  しかしながら、右の買収処分は、次の理由により無効である。

(一)  買収の対象が特定していない。

本件第一の土地のうち、函館市田家町十一番の土地(以下十一番の土地という。)は、本来畑二町七反二畝二十一歩であるのに、函館市農地委員会は買収計画を樹立するにあたり、右の土地のうち一町九反二畝十三歩を買収地と定めながらその範囲を特定しなかつた。さらに、被告は、右の買収計画に基いて漫然本件買収令書を作成し、かつ、図面の添付その他その範囲を特定する方法を講じていない。したがつて、本件買収処分は、買収の対象が特定していないので当然無効である。

(二)  本件土地は自創法の適用を排除する火薬庫の保安用地である。

本件土地内には、前述のように、千七十四坪の一級火薬庫があり、火薬類取締法規によれば、一級火薬庫については、市街地建物以外の家屋から二百米の保安距離を保つことが必要であるとされていたものである。したがつて、本件土地は、火薬庫の保安用地として農地買収から除外すべき土地である。しかるに、被告は、これを無視し、法人の所有する小作地として買収したのは違法であり、法律上当然無効である。

(三)  本件土地は、近く使用目的を変更することを相当とする土地である。

本件土地は、函館市街地の一部をなし街路も至便で、終戦後は附近一帯に煙草工場・アパート・小住宅等が続々として建設され、一見して使用目的を変更するのを相当とする土地であることが明瞭である。したがつて、自創法第五条第五号により当然農地買収から除外すべきであるのに、これを除外しないでした被告の買収処分は無効である。

三  よつて、本件買収処分の無効確認を求めるため本訴請求に及ぶ。

(証拠省略)

被告訴訟代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一  原告の主張事実中

一の事実につき、函館市農地委員会が本件第一の土地につき、原告主張の日原告主張のような買収計画を樹立したこと、被告が右買収計画に基いて原告主張の日その主張のような買収令書を原告に交付して本件第一の土地を買収したことおよび被告が原告主張の日、その主張のような理由でその主張の土地の部分の買収処分を取り消したので、本件買収処分の範囲は本件土地のみとなつたことは認めるが、その余の事実は不知。本件土地は、訴外小泉福太郎・畑沢ナヲ・同田原清吉らが長年の間原告から賃借し耕作していた小作地である。

二の事実につき、被告が本件第一の土地に対する買収令書に図面を添付しなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。

三の事実は争う。

二(一)  本件第一の土地に対する買収計画の縦覧に際し、函館市農地委員会は、買収地を特定した図面を右の計画書に添付して同委員会に備え付け、原告が知ろうとすればいつでも知り得る状態においたから、本件買収処分は違法でない。

(二)  旧銃砲火薬類取締法・同法施行規則は、銃砲火薬類の製造販売業者を取り締まるための法規であつて、同規則第三十三条にいわゆる保安距離も、その距離内で土地を耕作することまで禁止するものでない。まして、右の土地を火薬類販売業者以外の者が所有することはなんら差しつかえないのであるから、本件土地を法人の所有する小作地として買収した被告の処分は適法である。

(証拠省略)

理由

一  函館市農地委員会が、昭和二十二年八月十六日原告所有の本件第一の土地につき自創法第三条による買収計画を樹立したところ、被告が右の買収計画に基づいて昭和二十三年十一月十五日作成の買収令書を同二十四年一月二十九日原告に交付して、これを買収したことおよび昭和三十二年四月三十日被告が本件第一の土地のうち原告主張の部分に対する買収処分を取り消したので、本件買収処分の範囲は本件土地のみとなつたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第三号証の一ないし五および証人小田島次郎・同佐々木清治郎・同小泉福太郎の各証言を総合すると、本件第一の土地はもと盛岡市に本店を、函館市その他に支店をおいて、三田商店の名で火薬爆薬類の販売を業としていた訴外三田義正が明治四十五年頃函館支店の火薬庫用地として買い受け、同地上に千七十四坪の火薬庫を設置し、その周囲を保安用地とし、火薬爆薬類貯蔵のため使用してきた土地の一部であるが、昭和四年頃右の三田商店は原告会社にその組織を改めたので、同会社においてこれを承継したものであること、右の土地はすべて畑または採草地であつたので、原告はこれを火薬庫の管理人訴外小泉仁太郎(昭和十年十月同人の死亡後は訴外小泉福太郎)、および近隣の訴外田原清吉・同畑沢ナヲに長年月にわたり賃貸していたことが認められる。

二  原告は、本件買収処分のうち十一番地の土地については、その買収の範囲が特定していないから無効であると主張するが、成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、乙第四号証の一ないし三、同第五号証の一・二、証人小田島次郎の証言により真正に成立したと認める甲第八号証、同証人および証人大友喜一郎・同菊地保の各証言を総合すると、函館市農地委員会は、本件第一の土地のうち十一番地の土地二町七反二畝二十一歩につき最初その全部を買収する予定であつたところ、その後原告の申出により在市地主の保有土地として八反八歩を右の土地から除外することになり、右の八反八歩に相当する部分を同番地の一とし、その余の土地一町九反二畝十三歩を同番地の二として、同番地の二の土地につき買収計画を樹立したが、別に分筆その他その範囲を特定する方法を講じなかつたこと、その後昭和二十三年六月三日に至り初めて同市農地委員会の測量士菊地保が、同市の都市計画連絡図に基いて分割図(甲第一号証の四に添付図面)を作成し、これを土地台帳に添付して分割を完了したこと、その間原告は右の買収計画につき異議、訴願の申出をしなかつたこと、被告は右の分割台帳に基き十一番地の二の土地全部について本件買収令書を作成したことが認められる。

ところで、自創法第六条にいわゆる農地買収計画の樹立は、農地所有者に買収すべき農地の地番・面積その他を予告して不服申立の機会を与え、もつて農地買収の公正を期するためであつて、それにより農地買収の効力を生ずるものではなく、農地買収は同法第九条による買収令書の交付によつて初めてその効力を生じ、同令書に定める買収の時期にその所有権が国に帰属するのであるから、買収計画樹立当時買収の範囲が明確でなかつたとしても、その後買収令書交付の時までにその範囲が特定すれば、前記のような所有権移転の効果に何ら影響することはないというべきである。

したがつて、本件買収計画は、それが樹立された当時十一番地の二の土地の部分については買収の対象が特定していない瑕疵があつたけれども、その後分割台帳の作成によりその範囲は特定されたのであるから、右の分割台帳に基き十一番地の二の土地全部について買収令書を作成し、これを原告に交付した被告の買収処分は無効ではない。

三  原告は、本件土地は火薬庫の保安距離内にある土地であるから、自創法の適用は排除されると主張するが、火薬爆薬類は、鉱業・土木その他重要産業の開発・遂行に不可欠のもので、その果す産業上の役割には軽視できないものがあるが、他方万一その保管、使用を誤るときは、人畜・建造物等に不測の大損害を与えるので、国はその災害を防止し公共の安全を確保するため、火薬類取締法以下一連の取締法規において、火薬類の製造・販売・貯蔵等につき厳重なる制限規定を設けている。しかして、昭和二十二年八月当時施行の旧銃砲火薬類取締法施行規則第三十三条も右の趣旨に従い、火薬庫を設置する場合には、火薬庫の外壁から宅地その他内務大臣の指定する箇所まで最少限五十間以上の保安距離をおくべき旨を規定しているのである。

しかしながら、同法条は右の保安距離がなければ火薬庫の設置を許可しないという趣旨であつて、火薬類販売業者に対し保安距離内の土地の所有まで義務付けているものではなく、また火薬類販売業者以外の者が右の土地を使用することまで制限するものではないと解すべきである。したがつて、国が右の保安距離内の小作地を自作農創設のため買収することは何ら差しつかえないというべきである。もつとも、農地買収後、火薬庫の周辺に住宅その他の建造物が建設されるときは、火薬庫はその貯蔵量を減少しあるいは使用不能の止むなきに至るおそれがないではないが、しかし、それは農地買収後の農地の使用目的変更許可の適否の問題であつて、農地買収処分そのものの当否とはなんら関係のないところである。

したがつて、本件土地を法人の所有する小作地として自作農創設のためこれを買収した被告の買収処分は違法とは認められない。

四  原告は、本件土地は近く使用目的を変更すべき土地であると主張する。

本件土地が相当古くから畑または採草地として使用されていたことは前記認定のとおりであり、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(写真のみ)、同第三号証の一ないし十四(写真のみ)、同第六号証、証人小田島次郎・同小泉福太郎の各証言および検証の結果を総合すれば、本件土地は、函館市の北端亀田郡亀田村との境界附近に位し、附近一帯はおおむね平坦な水田・畑および採草地で、本件買収計画樹立当時本件土地の北方に小作人小泉福太郎の住家、東方に養狐場があつたほか、近隣に建物は殆んどなかつたこと、本件買収後間もなく本件土地の西方に専売公社の煙草工場が建設せられ、さらに函館市の人口増加に伴い昭和三十年頃から本件土地ならびにその北・東部一帯に市営住宅・国鉄および道営のアパート・学校等が建設されていることが認められる。右認定の事実に、本件土地の沿革を総合すると、本件土地の近傍が昭和三十年頃から次第に市街地に発展する可能性を有するに至つたことは或る程度認められるが、本件土地買収の当時、本件土地が自創法第五条第五号にいわゆる近く使用目的を変更することを相当とする農地に該当していたとは到底認めることはできない。成立に争いのない甲第四・五号証および同第七号証によつても右の認定を動かすことはできない。

すると、本件土地につき、自創法第五条第五号の指定をしないでした本件買収処分は違法でない。

五  よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 外山四郎 田中良二 徳松巖)

(別紙目録第一省略)

(別紙)目録第二

函館市田家町十三番

一田(現況畑) 四反九畝十歩

ただし、別紙図面中赤色をもつて表示せられる部分を除く。

同上 二十九番

一田(現況畑) 五反三畝歩

同上 十一番の二

一畑      一町九反二畝十三歩

ただし、別紙図面中赤色をもつて表示せられる部分を除く。

同上 三十番

一畑      五反十八歩

同上 三十一番

一畑      八畝四十四歩

以上

図〈省略〉

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